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詩/小説・・・・・・・・山田咲生(やまださきお)として

私、Y子は、20代はじめから30代中頃までの、
言ってみれば女性として一番よい時期に、
なぜか詩人をめざし、せっせと詩や小説を書いておりました。


「変な妄想」でも書きましたが、
人に言えないような、おかしな感覚に怯えることの多かった幼少期を経、
多感な思春期を迎えた私・Y子は、
ある日手に取った
萩原朔太郎の名著 『月に吠える』 の序文に痺れてしまったのです。

“どんな場合にも、人が自己の感情を完全に表現しようと思ったら、
それは容易のわざではない。
この場合には言葉は何の役にもたたない。
そこには音楽と詩があるばかりである。”

“詩とは、感情の神経を掴んだものである”

これだこれだ~!!

誰もが言葉を使って暮らしていますが、
誰にも言えないこの「ヘン」な恐怖、
違和感、淋しさ、おかしさ・・・・諸々・・・。

・・・それを言えないのは、
私が使っていたのが「言葉」だったから。
伝えようと思ったら、言葉を使って「詩」をつくること。

そんな風に思って、
夢中で詩やら散文詩やらをたくさん読み、書きました。


「詩」というものは面白いものです。
「言葉」が、
朔太郎先生言うところの 「感情の神経を掴んだ」 ときだけ、
「詩」になる。

たった一言が一瞬で、
モンゴルの平原を駆ける風になり、
ナイフになって斬りつけ、
固い岩石になり、
心を潤すお湯になる。

そういう詩を、たくさん読んだような気はするのですが、
さて、浅学非才な私は、
どれだけそのような「詩」を
産み出せたのか、さだかでありません。

それでも、うら若き10年を費やしたおかげなのか、
山田咲生(やまださきお)という筆名で、
書肆山田という立派な詩の出版社で、
一冊本を出していただくことができ、
少しですが、文芸誌などにも
作品や署名原稿を書く機会を、与えていただくことができました。



ところが、
そんな、夢中になっていた詩だったのですが、
ある時を期に、ぱったり書かなくなりました。

そして、それは、思い起こせば、子どもを産んでからなのでした。

「詩は青春の文学である」と何者かが言ったそうですが、
私の青春とやらが、そこで終わったということなのかもしれません。

あるいは、朔太郎先生が、
“詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである”
とおっしゃっていますが、
幸いにも、私が、孤独者でもなく、病める魂も所有しなくなった、
ということなのかもしれません・・・



ですから今、過去の作品を読んでいただくというのは、
昔の恋人とのツーショット写真をお見せするかのような
今さら感と、こっぱずかしさが伴い、
非常にためらわれることではあるのですが、
詩を楽しみにしていただいた方からのリクエストと、
また、漫画という表現をしていく中で、
あの時「詩」で書こうとしていた世界、
うまく言葉にならない世界、
それをいつか漫画にしていってみたいなあ、
という漠然とした想いがあるのに気付き、
ご紹介させていただく次第です。